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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)11221号 判決 2000年5月31日

原告

知念常雄

原告

松村和久

右両名訴訟代理人弁護士

板垣善雄

被告

関西職別労供労働組合

右代表者執行委員長

森本桂一

右訴訟代理人弁護士

石橋志乃

三好邦幸

山崎優

川下清

河村利行

中西哲也

加藤清和

江口陽三

沢田篤志

伴城宏

主文

一  原告らが,被告に対し,被告の組合員としての権利を有する地位にあることを確認する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち,被告に生じた費用はこれを2分し,その1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とし,原告ら各自に生じた費用はこれを2分し,その1を原告ら各自の負担とし,その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨

二  被告は,原告知念常雄に対し,平成9年11月11日以降日額9014円の割合による金員を支払え。

三  被告は,原告松村和久に対し,平成10年6月1日以降日額1万1315円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,労働者供給事業を行う労働組合である被告から除名処分を受けた原告らが,被告の主張する除名事由の存在を争うなどして右除名処分の無効を主張して組合員たる地位の確認を求めるとともに,右除名処分によって職場の斡旋を受けることができなくなった等と主張して損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は,自動車運転手で組織する労働組合であるとともに,職業安定法45条に基づき,労働大臣の許可を得て無料の労働者供給事業を行っているものである。

2  原告らは,被告の組合員であり,被告阪奈支部に所属して同支部から日々雇用主の斡旋を受けてきた。

原告知念は平成9年11月11日,原告松村は平成10年6月1日,それぞれ被告から除名処分を受けた(以下それぞれ「本件処分(知念)」「本件処分(松村)」といい,両処分を総称するときは「本件各処分」という)。

3  被告の組合規定には,統制等に関して,次のとおり規定している(<証拠略>)。

47条 組合員が,次の行為をしたときは,執行委員会は直ちにその処分を決定し,本人に通告する。

1 この組合の目的,方針,決定に違背したとき。

2 規約,諸規程,または組合の方針,決定に違反し,個別に,或いは集団的に組合の秩序を乱したとき。

3 この組合の行う,労供事業の許可に影響を与え,または労供事業の秩序を乱すことがあったとき。

4  不正行為,その他不誠実な行為によって,就労先事業所に不利益を与えたとき。

5  刑事上の罪を犯すなど,組合の名誉を傷つける行為があったとき。

48条 統制処分の内容は,次のとおりとする。

1 警告,2 厳重警告,3 最終警告,4 権利停止,5 除名

二  本件の争点

1  本件各処分が適法か(除名処分事由の有無及び処分の相当性)

2  原告らの損害賠償請求権の有無及び額

第二(ママ)争点に関する当事者の主張

一  争点1(本件各処分の適法性)について

1  被告の主張

(一) 労働組合が行う除名等の内部統制は団結自治の領域に属することであり,<1>内部統制の対象たり得ない事項についてなされた制裁である場合,<2>統制対象たり得る事項についてなされた制裁については,その手続が民主的に行われ,かつ,その結果著しく公正を欠く場合以外は,裁判所は,労働組合の自主性を尊重し,その決定を尊重すべきであって,その有効無効を判断できないものと解すべきである。

本件各処分は,以下のとおり,いずれも内部統制の対象となり得る事項を処分事由とし,組合規約に基づき,執行委員会を開催して民主的な手続に則ってなされたもので,処分内容も著しく公正を欠くものではないから,被告の判断は尊重されるべきである。

(二) 原告知念には以下の除名事由があり,本件処分(知念)は相当である。

(1) 原告知念は,平成7年2月,阪奈支部組合員大島進に対し暴力を振るい,前歯を3本損傷させるなどの重傷を負わせた。

(2) 原告知念は,平成9年10月15日,斡旋先事業所であるA株式会社千里工場(以下「A千里」という。)において,ミキサー車の運転ミスを犯し,ミキサー車後部シュート(生コンの流し口)を事業所の鉄塀に衝突させ,シュートが大きく折れ曲がって使用できなくなり,鉄塀も損傷するという事故を起こした。

同原告は,斡旋先事業所に,事故当日右事故を報告する必要があったし,被告にも報告する義務があったが,これらの報告をしなかった。翌日,A千里からの連絡を受けた被告が,同原告に確認したところ同原告は事故を起こしたことを否定し,その一方で同工場へ出向いて詫びた。

車両の運転ミスによって斡旋先事業所に損害を与えたことは,同原告のみならず被告自体がその事業所から閉め出されかねない重大な問題である。

また,事故後の同原告の言動は,斡旋先事業所に対して被告が十分に組合員を統制ができていないとの印象を与えてしまうもので,被告と同原告との信頼関係のみならず,被告と斡旋先事業所との信頼関係をも破壊するものである。

(3) 原告知念は,被告支部役員の就労の指示を不服とし,平成9年11月7日,A株式会社枚方工場(以下「A枚方」という。)に就労した際,同工場に対して過激な態度で苦情を呈した。

(4) 原告知念は,事故が多く,斡旋先事業所の指示を守らず,地理不勉強のため道に迷って目的地到達が遅れるなど日頃の就労姿勢が悪く,このため,同原告をよこさないようにとの出入禁止を受けた斡旋先事業所が10社にも及ぶ。

(三) 原告松村には,以下の除名事由があり,原告松村が,被告代表者が横領行為を行っていたという発言を不特定人の前で繰り返し行ったことは,民事法のみならず刑法にも抵触する名誉毀損行為であり,また組合の内部統制に対して不当に著しい悪影響を及ぼす行為であるから,当然除名事由となり得るものであって,本件処分(松村)は有効である。

(1) 原告松村は,原告知念に対する処分を不服とし,被告に処分の撤回を申し入れた際,被告代表者に対し「委員長は自運労(日本自動車運転士労働組合)時代に金を使い込んで追放されたじゃないか」と事実無根の誹謗発言をした。これに対し,被告が平成10年2月25日の常任会議において弁明と謝罪の機会を与えたところ,「自運労で使い込んだ話やろ,事実と違うのか,叩けばほこりの出る人間がなにをいうとんのや,歴史にのこっとる」と明言して現職役員の名誉を毀損する発言をした。

以上の行為は,組合規約47条1号及び2号の処分事由に該当する。

このため,被告は,平成10年3月28日,原告松村に対し,右言動を理由に同月31日から3日間の就労停止及び謝罪文の提出を命じるとの統制処分をした。

(2) しかるに,原告松村は謝罪文の提出を拒んだばかりか,被告代表者の名誉を毀損する発言を職場等においても日常的に繰り返した。

このため,被告は,平成10年5月13日,組合規約48条により原告松村に対し同16日から権利停止の統制処分にした。

(3) 被告は平成10年5月23日開催の執行委員会において最終処分決定のため,原告松村に弁明の機会を与えるべく出頭を求めたところ,原告松村は,原告知念を伴って会議場に入場し,これを咎めた議長ほか役員に対し「傍聴者を連れて何が悪い,犯罪者集団が何言うとるのや」と組織を誹謗して挑発的な態度をとり,制止に入った役員に暴力を振るうなどの言動に及んだため,執行委員会も閉会を余儀なくされた。

(四) 本件各処分は,原告らの抗議等に対する報復措置ではない。

被告の会計は,毎年詳細な会計報告書等を作成し,執行委員会の承認を受け,会計監査の監査や公認会計士の監査を経た後定期大会で承認を得ている。

2  原告の主張

(一) 本件処分(知念)は,被告の阪奈支部長隅谷登が勝手に処分通知書を作成して原告知念に送付したもので執行委員会の決議を経たものではない。

また,本件処分(知念)の処分事由は,解決済みあるいは事実無根である。

(1) 原告知念が,大島に負傷させたとの点は,3年近い以前のことであるし,既に解決済みである。

(2) 原告知念が,A千里において,納車の際ミキサー車を壁に接触させるという事故を起こしたことはあるが,大した損傷もない些細な事故であった。

翌日,原告知念は支部長隅谷から「衝突事故を起こしたな」と言われ,右接触は衝突事故というようなものではなかったので否定したが,後日呼び出された際にはありのまま報告した。

(3) A枚方に対し原告知念が苦情を呈したとの事実はない。

同工場には一部組合員が優先して配置されており,これに不審を抱いた組合員西岡が同工場責任者に事実確認を行った際,原告知念がその横で聞いていたというのが真相である。

(4) 原告知念に対する出入禁止等の事実はなく,被告のねつ造である。

(二) 本件処分(松村)の処分事由とされた事実は存しない。

原告松村は,平成10年1月26日,本件処分(知念)への抗議のため被告の本部に赴いたが,その際,原告知念が,被告代表者が自運労で横領した旨指摘し,被告代表者が原告松村に「お前もそう言うのか」と問い質したので「そうや」と答えたに過ぎない。

原告松村が,斡旋先事業所や不特定人の前で名誉毀損発言を繰り返したという事実もない。

また,被告代表者が自運労時代に使い込みを行ったことは真実であり,その事実は組合全体の利害に関わるから名誉毀損となるものではない。

(三) 本件各処分は,原告らに対する報復措置である。

被告では,就労先の斡旋は組合規約上順番制とされているにもかかわらず,一部組合員を優遇するなどの恣意的な仕事の斡旋が行われてきた。また,斡旋先事業所からの共済金が財源となっている福祉事業会計を一般会計に繰り入れ,これを執行部が浪費するなどの不明朗な会計処理が行われており,このような状況が放置されていることから過去にも支部長の組合費横領等が何度となく発生し,しかもうやむやにされてきた。

原告らは,このような状況を打開すべく他支部組合員にも呼びかけ,平成9年10月5日会合を持ち,その際,なにわ支部の組合費が横領されていることを裏付けるような資料をも入手するなどした。

そして,同年10月29日,監督官庁である大阪港労働公共職業安定所にこれらの経緯を説明して指導を求めた。

しかるに,その後しばらくした同年11月12日,いきなり本件処分(知念)がなされた。

本件処分(知念)について原告知念から相談を受けた原告松村は,原告知念とともに,抗議のため被告の本部や阪奈支部に出向き,同月24日には定期総会に出向いて被告執行委員長に交渉するなどし,さらに大阪港労働公共職業安定所にも相談に出向くなどしていたところ,平成10年3月28日就労停止処分を受け,同年5月13日権利停止処分を受け,これに異議申立てをした途端本件処分(松村)を受けた。

本件各処分は,いずれも右のような原告らの一連の行為を嫌悪した被告執行部が報復の意図をもってしたものであって,違法であり無効である。

二  争点2(損害賠償請求権の有無及び額)

1  原告らの主張

(一) 被告は労働運動といえるような活動はしておらず,その運営は,組合員からの組合費(本件各処分当時,月額1万5000円)と派遣先事業所から支払われる共済金(本件各処分当時,一就労につき600円)で賄われているのであって,これは組合員から見れば,有料で仕事の斡旋を受けているのと異ならず,被告の実態は労働者派遣を行う企業にほかならない。

ミキサー運転手を雇用する事業所は少なく,ミキサー運転手として稼動しようとすれば被告のような労働者供給を行う労働組合に加入するしかなく,他方,労働組合の重複加入は認められておらず,一つの組合を除名になると他の組合に加入することも困難となる。

組合員は日々派遣先事業所に雇用される立場にあり,2か月間に26日間働くことができなければ雇用保険からの手当も受けられなくなるため,勢い,組合員は仕事を斡旋する被告に従属せざるを得ないことになる。

これらを前提とすると,理由のない除名処分により仕事の斡旋を拒否された原告らが,以後ミキサー運転手として稼動できなくなって収入が途絶えることは必然であり,これらの損害について被告は組合規約違反あるいは不法行為として賠償責任を負うべきである。

(二) 原告知念は被告から供給される仕事により,1日平均9014円の収入を得てきた。

原告松村は被告から供給される仕事により,1日平均1万1315円の収入を得てきた。

よって,原告らは,組合規約違反または不法行為として右各収入喪失に対する損害賠償の支払を求める。

2  被告の主張

(一) 組合規約違反に基づく損害賠償請求について

被告の行う労働者供給は,労働者相互の団結のもとに事業所に対する有利な雇用を獲得しようという互助活動であり,被告は事業所からの労働者供給の申入れが存する限度で組合員に無料で仕事を斡旋するにすぎず,組合規約上も原告ら組合員に対する仕事供給義務や一定の収入を補償する義務を負うものではない。

よって,原告らに組合規約違反による損害賠償請求権が生じる余地はない。

(二) 不法行為に基づく損害賠償請求権について

被告は,恒常的に組合員に一定額以上の仕事を斡旋する法的義務を負っていないし,原告らは他の労働組合から仕事の斡旋を受けることや組合を通さず事業所に雇用されることも可能であり,被告から除名されたからといって収入の確保が不可能になるものではない。

よって,本件各処分と原告らが被ったと主張する損害との間には相当因果関係がなく,不法行為に基づく損害賠償請求権は生じない。

第三(ママ)当裁判所の判断

一  争点1(本件各処分の適法性)について

1  本件各処分に対する司法審査権の有無

被告は,本件各処分が自主性を尊重されるべき労働組合内部の統制の問題であるから,被告の判断は尊重されるべきであるとして,必ずしも明らかではないが(被告は,本件訴えにつき明示には不適法却下の判決を求めてはいないし,また,その主張も,処分事由が統制対象となり得べきものか,手続が適性か,処分が著しく不公正ではないかについては司法審査が及ぶことを認めているとも解される),本件各処分が司法審査の対象にはならないとの趣旨とも解される主張をしているので,この点について判断する。

なるほど,憲法28条による労働者の団結権保障の効果として,労働組合はその目的を達成するために必要かつ合理的な範囲において,組合員に対する統制権を有するものと解され,したがって,統制権行使としてなされた処分については労働組合の自主的判断が十分に尊重されなければならないが,他方,労働組合の公共性やその処分によって組合員の受ける不利益を考慮すると,当該処分に対する司法判断が一切許されないものと解するのは相当でなく,とりわけ除名処分は組合員としての地位を失わせるという重大な効果を生じさせるものであるから,その適否については司法判断が及ぶと解すべきである。

本件各処分はいずれも除名処分であり,これに関する被告の右主張の趣旨が,内部統制の問題であることを理由に司法判断の対象とならないというものであるとすれば,それは相当でないので採用しない。

2  本件処分(知念)について,被告が主張する処分事由の存否及び処分の相当性について判断する。

(一) 処分事由の存否

(1) 被告は,第一の処分事由として,原告知念が,平成7年2月,阪奈支部組合員大島進に対し暴力を振るい,前歯を3本損傷させるなどの重傷を負わせたことを主張するところ,証拠(<証拠略>)によれば,平成7年2月ころ,同原告が大島と麻雀店でもみあいになり,同人の前歯を折るという事故を起こしたこと,これについては組合が仲裁し同原告が大島に見舞金10万円を支払って示談したことが認められる。

右事実によれば,被告が処分事由として主張する事実はあると認められるが,当事者間ではすでに解決済みでしかも相当以前のことであるし,組合が仲裁したとはいえ,たまたま当事者が組合員であったというだけで,もとより組合の統制とは関わりのない紛争であると考えられ,これを処分事由とすることは相当とはいえない。

(2) 次に,被告は,第二の処分事由として,A千里での衝突事故等を主張しており,証拠(<証拠・人証略>)によれば,原告知念が,平成9年10月15日,斡旋先事業所であるA株式会社千里工場において,納車の際の運転ミスから,ミキサー車後部シュートを事業所の鉄塀に衝突させ,シュート及び鉄塀を損傷させるという事故を起こしたこと,組合員は,事故を起こした場合,事業所及び被告にその報告をすることとされているにもそれにもかかわらず,同原告は,斡旋先事業所にも被告にも右事故を報告しなかったこと,翌日,A千里からの連絡を受けた被告が同原告に右事故の確認をしたところ,同原告は事故を起こしたことを否定したこと,他方,同原告は同工場へ出向いて謝罪したこと,A千里では破損したミキサーのシュートの修理代として1万4700円を要したことが認められ,これについて被告主張の処分事由該当事実があるというべきである。

(3) さらに,被告は,第三の処分事由として,A枚方で,原告知念が過激な態度で苦情を呈したことを主張しており,Sの陳述書(<証拠略>)にもその旨の記載があるが,原告知念は,本人尋問で,右事実を否定し苦情を言ったのは他の組合員西岡である述べているところ,証人Sは,苦情を述べていたのが,原告知念か西岡かの報告は受けていないなどとあいまいな証言をしているし,A枚方の責任者であるTは,原告知念から過激な態度で苦情を呈された事実はないとの記載をした確認書(<証拠略>)を作成しており,これらに照らすとSの右陳述書の記載は信用できず,他に右事実を認めるに足る証拠もないので,これに関しては,処分事由該当事実を認めることができない。

(4) 最後に,被告は,第4の処分事由として,原告知念の就労態度が悪く,出入禁止の就労先が10社にも及ぶことなどを主張している。

証拠(<証拠・人証略>)によれば,原告知念は,<1>B生コン運送株式会社に雇用され,JR天王寺駅の現場で就労していた平成6年2月頃,乗用車専用の立体橋にミキサー車を乗り入れ,立ち往生する事態となり,出入禁止となったこと,ただし,同社の出入り禁止はその後解除されたこと,<2>株式会社Cでは,生コン運送に従事する運転手に,生コン配達後,生コンが固着しないように現場で仮洗いし,その排水を箱に入れて持ち帰らせ,事業所で洗い流させるようにしているところ,同原告は同社に雇用されて生コン輸送に従事した平成9年6月ころ,ミキサー車を洗車した廃液を流さず放置したため,箱の中で生コンが固まってしまい,同社では生コンを削り取る作業を余儀なくされたこと,これに関し同原告は箱を洗わず放置した事実を否認したこと,さらに,生コンを積み忘れて現場まで走行することもあったこと,これらにより,同原告は同社を出入禁止になったこと,<3>このほかにも,原告は,A千里から前記衝突事故等を理由に出入禁止とされたほか,Dコンクリート株式会社,E生コンクリート株式会社,F生コンクリート株式会社,Gレミコン株式会社,H生コンクリート工業株式会社からも,現場の地理不案内,他の運転手との信頼関係の悪さ,洗車不良等を理由に出入禁止とされていることが認められ,以上によれば,これまでに原告の勤務態度などが問題とされ,出入禁止にされた事業所が少なくなく,右認定の限度では被告が主張する除名事由該当事実があるというべきである。

(二) 本件処分(知念)の相当性

右認定事実によって本件処分(知念)が相当か否かを検討するに,第3の処分事由については,右認定のとおりこれに該当する事実を認めることができず,第1の処分事由もこれを除名事由とすることが相当とはいえないが,第2及び第4の処分事由に関しては,これらに該当する事実が存すること(第4処分事由に関しては,そのすべてではないとしても)が認められるし,これらをもって,少なくとも前記組合規約47条4号に該当する統制対象とすること自体は首肯できるところであって,原告知念には,業務上の不注意,報告義務違反,普段の勤務態度等に関し,真摯に反省すべき点が少なくないというべきである。

ところで,前記のとおり,被告では統制処分として,警告や権利停止等も予定され,除名は最も重い処分とされており,したがって,除名処分は他の緩やかな処分により得ない重大な規律違反等を対象とするものでなければならない。

しかるに,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,大島進は,報告義務に反することはなかったとはいえ,平成9年10月頃,奈良の竜田川の現場でミキサー車を転倒させ,同車を廃車にするという事故を起こしながら除名処分は受けていないこと,他にも事故を起こし,報告義務を怠った者で除名処分を受けていない者もいること,原告知念もこれまで就労態度や出入禁止に関し,被告から口頭での注意を受けることはあったが,なんら統制処分を受けたことはないこと,A千里はじめ,原告知念が出入禁止とされた事業所で,原告知念の就労態度等を理由に被告からの労働者供給それ自体が停止されるにまで至った事業所はないことが認められ,他の事例との対比において,原告知念の起こしたA千里での事故や報告義務違反が格段に大きな非難に値するとはいえないし,これまでの出入禁止等の原因となった就労態度なども統制処分の対象とまではされてきておらず,被告が現に労働者供給停止等の重大な不利益を受けたという事情も認められないのに,A千里の事故や報告義務違反が加わったことで,いきなり原告知念のみを除名処分にするというのでは,他の事例との対比という観点からも,統制対象となった行為と処分との関係という観点からも過重であり,著しく均衡を失しているというべきである。

以上によれば,本件処分(知念)は,被告の労働組合としての自主性を尊重したとしても,なお過酷に過ぎるというべきであって,裁量権を逸脱した違法があり,その余の点について判断するまでもなく,不相当として無効というほかない。

よって,被告組合員たる権利を有する地位の確認を求める原告知念の請求は理由がある。

3  次に,本件処分(松村)について,被告が主張する処分事由の有無及び処分の相当性について判断する。

(一) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

原告らは,組合員に対する就労の斡旋が不公平であり,また会計処理にも不明朗な点があるなどとして被告の運営に不満を持ち,平成9年10月上旬頃,同様の不満を持つ他支部組合員らにも呼びかけるなどして,是正を求めるための対策を練る会合をもつなどしていたところ,その矢先に原告知念が除名処分を受けるに至った。

原告松村は,本件処分(知念)を不服とし,原告知念とともに,被告の支部のみならず本部にも出向き,右処分の撤回を申し入れるなどしたが,平成10年1月26日,本部に出向いて被告代表者と交渉した際,原告知念が被告代表者に対し「委員長は自運労時代に金を使い込んで追放されたじゃないか」と発言し,被告代表者が,原告松村に「お前もそう言うのか」と質したところ,原告松村もこれを肯定した。

被告では,平成10年2月25日に開催した常任会議に原告松村を出頭させ,右発言の根拠等について弁明を求めたが,原告松村は根拠等を示すことなく,「自運労で使い込んだ話やろ,事実と違うのか,叩けばほこりの出る人間がなにをいうとんのや,歴史に残っとる」などと発言し,出席していた役員から発言の撤回と謝罪を求められたがこれを拒否した。

このため,被告は,原告松村に対し,平成10年3月28日,統制として,右言動を理由に同月31日から3日間の就労停止及び謝罪文の提出を命じるとの処分に付し,さらに,原告松村が謝罪文を提出しないでいると,同年5月13日,被告現職役員の名誉を毀損する中傷誹謗を職場等において日常的に行ったことなどをも理由に付加して,同月16日からの権利停止の統制処分に付したうえ,なお最終処分決定のため同年5月23日に開催を予定した執行委員会へ,弁明の機会を与えるとして出頭を命じた。

原告松村は,右同日,原告知念を伴って執行委員会の会議場に入場した。

原告知念は,役員から繰り返し退去を求められたが,「会議の傍聴にきたんや」「犯罪者集団の言い分聞いたるがな」などと述べてこれに応じなかった。このため,被告代表者が原告両名の退去を求めたところ,原告松村は逆上し,これをたしなめた書記長栄靖二郎及び執行委員吉藤の襟を掴んでねじ上げるなどした。

その後,原告知念は退去したが,原告松村は弁明しようとはしないため,会議は中止された。

被告では同月30日に再開した執行委員会において,原告松村の除名を決定し,同年6月1日これを通告した。

(二) 以上認定の事実に対し,被告は,本件処分(知念)の撤回を求めて被告本部を訪れた際,被告代表者に自運労時代の金員横領の発言をしたのは原告松村自身であり,平成10年5月23日の執行委員会における事情聴取の際にも,原告松村が「傍聴者を連れて何が悪い,犯罪者集団が何言うとるのや」と組織を誹謗する発言をしたと主張するが,これらの事実を認めるに足る証拠はない。

また,被告は,原告松村が,本件処分(知念)後,就労先等において不特定人に対し,被告代表者の名誉を毀損する発言を繰り返し行ったと主張し,証人遠藤も,通勤途中の電車の中や喫茶店でそのような発言を二,三度聞いた旨証言しているほか,これと同旨を記載した組合員数名の陳述書(<証拠略>)があるが,これらの証言や陳述書の記載は原告松村の発言の時期,場所,発言内容等に関して概括的なものが殆どであり,その時期頃に原告松村が行ったことのない就労先で誹謗発言があったなどと記載しているものなどもあって(このことは右各陳述書と(証拠略)との対比から認められる),果たして,真実,原告松村の誹謗発言を聞いたのかすら疑わしいうえ,仮にその事実があるとしても,原告松村がいかなる話題の中でいかなる発言をしたかの詳細は不明である。他方,原告松村は,右事実を否定し,本人尋問でも,原告松村自身,被告代表者の自運労時代の使い込みという事実は他の組合員から聞かされたもので,被告代表者が執行委員長就任前から組合員多数が話題にすることであった,原告松村も共通の話題として話したことはあったが,自ら積極的に話したことはないなどと述べている。これらに照らすと,右遠藤証言や組合員の陳述書から,原告松村が,就労先等で不特定人に対し,積極的に被告代表者の名誉毀損事実を吹聴したかのようにいう被告主張事実を認めるには足りない。

他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三) 右認定事実によれば,原告らが被告の本部に出向き,本件処分(知念)に対する抗議をした際,原告松村も,原告知念がした被告代表者の横領発言を肯定し,さらに,これを前提として,常任会議では,原告松村自身,そのような事実の存在を主張する発言をしているのであり,これらの発言が,被告代表者の名誉にかかわるものであることは被告主張のとおりである。

しかしながら,本件処分(松村)の発端となったのは,本件処分(知念)に対する抗議の場で,その当否とは何ら関わりのない被告代表者に対する人格的な誹謗発言がなされたことにあるが,指摘事実は,被告代表者が他の労組に所属していた時期のことであり,その発言がなされたのも事実上の抗議行動の場においてであるから,これが被告代表者個人に対する名誉毀損等として犯罪や不法行為に該当することはあるとしても,被告とは関係のないことというべきであって,右発言が被告の内部統制に影響を及ぼすものであったとは考えられない(仮に,事実上とはいえ,統制処分に対する抗議という場で,場違いな人格的誹謗発言をしたという点をとらえて内部統制に関わる部分があると解することができるとしても,原告松村に関する限り,自ら積極的に誹謗発言をしたというものではなく,規律違反として非難されるべき程度はわずかなものに過ぎなかったというべきである)。

しかるに,被告は,原告松村に対し,常任委員会で,右発言の弁明や謝罪を求め,その際原告が発言撤回や謝罪をせず,さらに同様の発言をしたとして,3日間の就労停止や謝罪文提出という統制処分に付し,次いで,同原告が右謝罪文提出命令に従わないこと等を理由に権利停止処分にしたうえで,ついには本件処分(松村)にまで至っているのであるが,被告には原告らの名誉毀損発言の内容の真偽を判断すべき権限はなく,これをめぐる紛争は最終的には司法機関の判断に委ねられるべきであるし,統制処分としても,謝罪文の提出命令は組合規約上規定されておらず,被告が原告松村に謝罪を強制しうる権限を有していたとは認められないのであって,そうすると,原告松村に対し,謝罪文提出を求めるなどした統制処分自体が手続上もその処分内容も重大な瑕疵を帯びるものであったというほかない。

常任会議や最終処分を決めるための執行委員会に出頭した原告松村の言動は明らかに反抗的であり,また,役員の一部に暴力を振るった事実も認められるが,これらも謝罪を強制しようとした被告への反発によるものと考えられ,原告松村のみを責めることはできない。

以上によれば,本件処分(松村)は,その前提となった事情聴取や統制処分を通じての原告松村に対する謝罪の強制それ自体が違法の瑕疵を帯びるものというべきであり,これが原告松村の反抗的言動を誘発したものと認められるから,いかに被告の労働組合としての自主性を尊重したとしても,これらの言動を理由に除名処分をもって臨むことは相当とはいえず,裁量権を逸脱した違法があるというべきであって,その余の点について判断するまでもなく,無効というほかない。

よって,被告組合員たる権利を有する地位の確認を求める原告松村の請求は理由がある。

二  争点2(損害賠償請求権の有無及び額)について

原告らは,無効な本件各処分のために,就労先の斡旋を受けられなくなり,その結果,従前稼動して得てきた賃金相当額の損害を被ったと主張して,組合規約違反あるいは不法行為を理由に右損害の賠償を請求するが,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告は労働者供給の申込みをしてきた事業所と労働者供給契約を締結し,原告ら組合員にこれら労働者供給契約を締結した事業所を就労先として無料で斡旋するだけであって,雇用契約自体は,各組合員と各事業所との間で締結され,賃金も就労先の事業所から各組合員に支給されるものであること,したがって,供給先事業所の需要や事業所によっては特定組合員の就労を拒否すること(出入禁止)などから,組合員は希望する事業所で自由に就労できるものではないこと,組合員は被告を経由することなく自ら事業所と交渉するなどして雇用されることは何らの妨げを受けないこと,原告らは本件各処分後タクシー運転手として稼動し収入を得ていること,組合規約上,被告が原告ら組合員に対し,一定の収入を獲得し得る仕事を斡旋すべきことを規定した条項や一定の収入を補償することを規定した条項は存しないことが認められ,右認定事実によれば,本件各処分がなかったとしても,原告らが当然に一定額の収入をもたらす事業所で稼動するなどして従前と同水準の収入を維持できたとは推認できず,したがって,本件各処分によって,原告ら主張の損害が生じているとは認められないし,また,原告らの就労の機会が事実上減少し,その結果賃金収入に影響を及ぼした部分があったとしても,当該減少部分は特定できない。

よって,損害賠償の支払を求める原告らの請求は,いずれも理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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